超ポジティブ天然シンママアフィリエイター聖子の自己紹介

目安時間:約 25分

メルマガで稼ぐ

 

 

みなさま、初めまして!

子ども3人+モルモットを育てるシングルマザー「中村聖子」と申します。

 

大学卒業後は中学校の教員をしていましたが、中国留学・国際結婚・離婚を経て、今は日本の西の果ての小さな離島で、ネットビだけで生きています。

 

パソコンの知識もスキルもそこそこで、飛び込んだネットの世界。

 

  • アドセンス
  • サイトアフィリ
  • メルマガ
  • バズビデオ

 

などを実践してきて、3年目に最高月収7桁を達成することができました。

 

子ども3人いても、ペットがいても、シングルマザーでもおうちでお金を稼ぐことができる!

それも、お勤めしてたら絶対に稼げない金額を!

 

私はネットビジネスに出会って、人生が変わりました。

 

もともと特別な知識もスキルも資格もないうえに、天然ボケで勘違い多くて失敗ばかりのフツーの主婦。

 

こんな私でもできちゃいました。

 

 

離婚もしちゃったし、子どもたちは発達凸凹で、わりと試練が多い人生。

 

だけど、私は毎日楽しくて幸せです。

 

 

このプロフィールでは私がネットで稼げるようになるまでの波乱万丈な人生をご紹介します。

 

  • おうちでお金を稼ぐ方法を知りたい
  • 人生の選択肢や可能性を増やしたい
  • 自分と家族の笑顔を増やしたい

 

そんなあなたへお届けできれば嬉しいです^^

 

何かを始めるのに早いとか遅いとか関係ない!って信じてます☆

 

【小学生→中学生時代】真面目な優等生

小学生から中学生にかけては「真面目な優等生」として過ごしました。

 

親や先生に怒られるのがとても嫌で、常に「怒られないようにちゃんとしなきゃ!」っていうのが心の中にあったんですよね。

 

だから、大人の言うことはちゃんと聞くし、ルールは守るし、勉強もちゃんとするし。

 

成績は優秀で、先生もやりやすい生徒だったと思います。

 

(本当は違うんだけど^^;)

 

ただ、一度だけ大事な場面で自分の意思を押し通したことがありました。

 

うちは母方の方が熱心なカトリック信者で、小学校はカトリック系私立に通っていました。

 

中学校も当然そのまま同じ私立に進む、と誰もが信じて疑わなかったんですが、私は公立の学校に通いたかったんです。

 

本当は小学校も私服で、近所のお友達と一緒に近くの学校に行きたかった。

 

でも物心ついた時には私立の学校に通ってて、自分の意志ではどうしようもなかったんです。

 

中学校の進路を最終的に決めるってときになって「公立の学校に行きたい!」って自分から親に言いました。

 

親は絶対に私立に行って欲しかったはず。

 

その時が、初めて自分の意思を強く押し通した最初の出来事だったと思います。

 

小~中学校時代の我が家は、経済的には中の中ってところで、決して裕福ではなく、両親は共働きでした。

 

弟も同じ私立小学校に通ってたから、うちの親は学費払うのにかなり苦労したんじゃないかなと思います。

 

その頃、自家用車を持っている家がだんだん増えてきてて、お友達の家にはほぼ車があったのにうちにはなかったんですよね。

 

車を買えたのは小学校の高学年になってからだったかな?

 

だから何となく「うちは貧乏なんだ」っていう思い込みがずっとありました。

 

でも、ファミコン買ってもらったり、自転車やローラースケートも買ってもらったし、ピアノや習字などの習い事もさせてもらっていました。

 

申し訳ないなって心のどこかで思ってたけど、小さい頃ってお金のことはよくわからないし、今思えばわがまま言ってたんじゃないか・・・って思います。

 

でも、「その分もちゃんと勉強して良い子でいよう」、「親に迷惑かけないようにしよう」という気持ちもずっと持ってて、反抗したいのにうまくできなかったり、うまく甘えられないっていう部分もありました。

 

【高校時代】自分を出し始める

高校は県立の進学校へ進みました。

 

理由は家からいちばん近かったからです。

 

特にやりたいことがあったわけでもなく、将来の目標もはっきり決まってなかったので、無難な普通高に進んだんです。

 

高校では弓道部に入って、部活に明け暮れました。

 

朝も早く学校へ行って練習し、放課後も真っ暗になるまでずっとやってました。

 

その分、当然勉強はおろそかになり、中学校まで成績優秀だった私は高校ではビリから数えたほうが早かった・・・(>_<)

 

でもね、楽しかったんです!

 

自分がやりたいと思ったことをとことんやって、九州大会にも出場できて、部活に関しては「悔いなし!」って言い切れるぐらいやりました。

 

高校2年の冬ぐらいにやっと将来「学校の先生になりたい」っていう目標ができたので、部活を引退してから勉強は頑張りましたね。

 

でも国立大学には入れず、福岡の私立大学へ進むことになりました。

 

そんなとき、ある事件が起こったんです。

 

父が叔父の借金の連帯保証人として、多額の借金を払わなければならなくなったんです!

 

せっかく大学に合格したのに「行けないかもしれない・・・」という恐怖がよぎりました。

 

しかし、神は見捨てなかった☆

 

母方の叔母が手助けをしてくれたお陰で、私は大学へ通うことができたんです。

 

なんとか大学へは進めましたが、実家からもらえる仕送りでは生活がギリギリでした。

 

昼は学校へ通い、夜はアルバイトをして生活費を稼いでいました。

 

親に心配かけないように「絶対に真面目に勉強して、教員免許を取って4年で卒業しよう」と心に決めたので、学校もバイトもかなり真面目に取り組んだと思います。

 

その頃からお金の大切さや、お金を稼ぐということがどんなに大変なのかを思い知るようになりました。

 

【大学卒業後~就職】お金があっても幸せじゃない

 

大学時代は頑張った甲斐があり、教員免許を取得して4年で無事に卒業!

 

そして、当時超難関だった教員採用試験に一発で合格!

 

地元へ戻って夢だった中学校の先生になれたんです^^

 

安定した職業、安定した収入、いわゆる良い仕事に就けて親も安心させられたんですが・・・

 

現実と理想は大きく違っていました。

 

朝から晩まで、授業の準備だけでも慣れずに大変なのに、それ以外の雑務が山積み。

 

休日は部活の指導や遠征で自分の時間はほぼなし。

 

毎日日付が変わってから家に帰るということもしばしばで、体調を崩すことが多くなりました。

 

そして、地方公務員だから自分の意志と反する転勤・・・

 

「あと1年いられたらこの子たちを卒業させられたのに」というタイミングで全然知らない学校へ行かなければならない。

 

残した仕事をギリギリまでやって、家を探して引っ越しの準備をして、新たな環境での仕事がスタート!

 

人間関係、慣れない場所、慣れない環境、慣れない仕事で、心も体もどんどん疲れていきました。

 

そしてある日、微熱が1か月続いたかと思ったら、朝からお腹に激痛が走り動けなくなったんです。

 

内科に行っても特に問題はなく「腸がけいれんしたのかも?」という感じ。

 

そこでやっと知り合いの先生が私の異変に気付き、心療内科に連れて行ってくれたんです。

 

お医者さんは「すぐに休職した方が良い」と診断書を書いてくれました。

 

翌日から休職。

 

突然仕事を休むことになり、ホッとした気持ちもあったけど、やっぱり不安でたまりませんでした。

 

中途半端なところで休んで、他の先生たちにも迷惑をかけて・・・

 

でも夜は眠れず、食欲もなく、薬飲んで無理やり寝る感じでいつの間にか昼夜逆転。

 

今思い出してもその頃の記憶があまりないくらいです。

 

それから一度復帰したんですが、結局完全に復活できずに、トータル1年半休職した後、退職することになりました。

 

理想の仕事、安定した良い仕事に就けたのに。お給料も十分もらえてたのに。

 

でも全然幸せじゃなかったんです。

 

【中国留学~再就職】広い世界を見て少しずつ元気を取り戻す!

教員を辞める前から、ずっと心の中にあったもう一つの夢「中国へ留学したい」という思いがフツフツとわきだしてきました。

 

うつ病の症状も少しずつ良くなりつつあり、母が背中を押してくれたこともあって、思い切って少ない貯金をはたいて中国へ留学することに!

 

中国での留学生活はとても楽しかったです。

 

誰も知らない新しい環境で、新しいことを学び、毎日が刺激的で私はどんどん元気を取り戻しました。

 

今まで悩んでいたことがとてもちっぽけなことに思えました。

 

でも、年齢は30近く。

 

「楽しいばかりではいけないな」っていうことは覚悟してました。

 

安定した仕事を辞めて、貯金使い果たして、親に心配かけてきたんだから、意地でも語学を習得して仕事で使えるレベルにしなきゃ!

 

その一心で、勉強はめちゃくちゃ狂ったようにやりました。

 

中国で仕事をしたいという気持ちも芽生えてきて、しっかり中国語をマスターするためには1年じゃ足りないと思ったので、途中夏休みに一度帰国してバイトして留学資金を作って再度中国へ。

 

留学中は周りも引くほどの節約をしながら、日本人向けの塾や家庭教師のアルバイトもしながら、経済的にはギリギリの状態で必死で勉強しました。

 

そうして、なんとか目標の期間内に目指していた語学の資格を取得して、医療通訳の仕事に就くことができたんです!

 

留学時代は本当に貧乏だったけど、自分に自信を取り戻すことができました。

 

これからは語学を武器にしてしっかりお金を稼いで楽しく暮らそう!と思っていたのですが・・・

 

【中国で就職】またもやうまくいかないことばかり

私は医療通訳者として、心機一転、張り切って仕事に打ち込みました。

 

医療の世界で働くのは初めてのことだし、専門用語が飛び交う毎日で、仕事をしながら勉強する日々。

 

難しいことも多くて、お給料もそれほど良くなかったけど、仕事に対してやりがいは感じていました。

 

ある病院に出張に行ったときに元夫と出会い、恋愛も仕事もそれなりに充実した日々を過ごしていたかなと思います。

 

しかし働き出して1年もたたない頃、上司の不正が発覚したんです!

 

中国の法律は良く分からなかったけど、明らかに良くないことが・・・

 

「この会社には長くいられないな」ってことを直感で感じました。

 

その時にすぐ辞めようかとも考えたんですが、貯金は留学費用で使い果たしていたし、日本に戻ってもそう簡単に仕事は見つからないだろう・・・

 

ということで契約が切れる1年まで我慢して続けることにしました。

 

その間、もちろん仕事はしっかりこなしましたが「次どうしよう・・・」とあれこれ考え、ちょうど30歳という節目だったこともありニュージーランドへワーキングホリデーに行くことを決めたんです。

 

元夫ともまだ結婚を考えるというところまではいってなかったし。

 

遠距離でダメになるくらいならそれまでだ、って思って。

 

次の目標が決まったら、あとは資金!

 

少ないお給料をできるだけ節約して貯金し、ニュージーランドで1年過ごせるようにしなきゃ!

 

ということで、またまた極貧生活が始まりました。

 

経済的にも時間的にも精神的にも余裕を持ってゆるりと・・・という生活は私には無理なのかな?

 

本当にいつもお金をいかに使わず貯めるかってことばっかり考えてたような気がします。

 

とにかく余裕がなかったですね。

 

【NZワーホリ】時間があって好きなことやってても物足りない!?

中国上海からニュージーランドへ渡りロトルアという街でホームステイしながら語学学校へ。

 

アレルギー出るほど苦手だった英語をなんとか克服し、3か月の語学研修を終えて、中古の日産サニーを購入して北島1周してから南島へ渡りました。

 

クライストチャーチでTOEICの集中講座を1か月受けて、目標だったTOEIC750点も達成!

 

日本料理店で2か月アルバイトをしてから、南島を1周の旅に出発。

 

今考えると羨ましいくらい時間があって、毎日好きなことをする生活。

 

だけど、やっぱりお金がないから「好きなこと」にもかなり制限がかかる・・・

 

もっとアクティビティを楽しんだり、美味しいものを食べたりしたかったけど、「節約しながら」の旅だったので心の余裕はなかったし、仕事もなかったし、不安だったな~って思います。

 

それなりに楽しめたNZワーホリでしたが、やっぱりお金が必要!安定した仕事に就かなきゃ!という思いでまた中国へ戻りました。

 

【中国で再就職】好きな人と一緒だけど、やっぱりお金がない!

ニュージーランドから中国へ戻り、日系クリニックで就職しました。

 

好きな人の近くにいられて、仕事も決まって、今度こそ落ちついて過ごせるかな・・・と思い、元夫と結婚を考えるようになりました。

 

当時大学院生だった元夫も、研修中だった病院へ外科医としての就職が決まり、国際結婚の手続きも追えて、一緒に住む場所も決めて、いろんな準備をすすめていたとき・・・

 

突然、元夫の就職が白紙になったんです。

 

これって中国ではあるある・・・

 

コネと金で他の人が元夫のポストを奪っちゃったんですね。

 

そのとき、私のお腹の中にはすでに長男がいました。

 

中国で就職するのってすごく大変で、特にお医者さんは求人を公開してないから、コネと金のどちらかを使って仕事を探すしかないんですよね。

 

同僚のお陰でなんとか働ける病院が見つかったものの、いわゆる「三流病院」でお給料はかなり厳しい状態でした。

 

「うちはまたお金で苦労するのか・・・」

 

と正直思いました。

 

その頃から、私はネットで翻訳をしたり、ライターをしたり、在宅で少しでも収入を得られる方法を模索し始めたんです。

 

贅沢ではないけど普通の暮らしはできるようになった

その後、元夫の収入も安定し、私の節約術もあって、決して贅沢ではないけど普通に暮らせるようにはなりました。

 

娘にも恵まれて、旅行に行ったり外食したりもできるようになったんです。

 

しかし、中国って幼稚園や習い事にかかるお金がびっくりするほど高いんです!

 

しかも教育熱心だから、みんな小さい頃からすごいお金かけて良い幼稚園、いい習い事をさせ、とにかく少しでも良い教育を受けさせてスタートダッシュをかけようと必死。

 

うちもそれなりの幼稚園に入れないと、良い小学校に行けない。

 

そこで躓くと中国では一生苦労する・・・ということは長年暮らしてみてわかっていました。

 

しかし、うちのように一般的な収入では、良い幼稚園に入れるのはかなり厳しかった・・・それでもなんとかやりくりして、平均以上の幼稚園に二人の子どもを入園させました。

 

元夫は節約とかまったく考えない人で、あればあるだけ使っちゃう感じ^^;

 

なので私が家計はしっかり握って管理していたんですが、どう考えてもお金は足りないと実感し、私も積極的に在宅で収入を得られる仕事をやっていくことにしたのです。

 

在宅翻訳やライターで必死にお金を稼ぐ日々

当時、アドセンスとかアフィリエイトとか知らなかった私は

 

「在宅ワーク ライター」

「在宅 翻訳」

 

といったキーワードでググりまくりました。

 

外国にいても、自宅でも、パソコンとインターネットがあればできそうな仕事と言ったら、自分のスキルを活かした翻訳やライターぐらいしか当時は思いつきませんでした。

 

クラウドワークスやランサーズなどのクラウドソーシングサイトに登録したり、翻訳会社と契約したりして、家事や育児の合間に翻訳や記事を書く仕事をして必死にお金を稼いでいました。

 

しかし、その頃、下っ端外科医だった元夫の仕事は忙しく、夜中の呼び出しや夜勤もしょっちゅう。

 

外国で小さな子どもをワンオペで育てながら、必死で仕事をしても月に数万円稼ぐのがやっとでした。

 

そうやって必死に稼いだお金をコツコツと貯めながら、毎日節約しながら、なんとかやりくりしていたという感じだったんです。

 

元夫の気まぐれで日本へ移住

そんな生活が数年・・・

 

長男が年長になったころ、元夫が突然「日本で暮らしたい」と言い出したんです(; ・`д・´)

 

中国で外科医として、それなりの経験も積んで、試験もたくさん受けて、良い感じで昇給してたのに。

 

それを全部捨てて日本へ行きたいと。

 

私は中国で結婚した時から、中国に骨をうずめる覚悟はしていました。

 

でも、心のどこかで「子どもたちにできれば日本の教育を受けさせたい・・・」とは思っていたんですよね。

 

元夫がまさか大きな環境を変えるとか、チャレンジをするとか、そういうタイプではなかったのでかなり驚きました!

 

しかしどうやら本気のようだったし、子どもたちにとっても私にとっても日本で生活する方が良いかもと思ったので、日本への移住を決断。

 

元夫は日本語の独学を始め、私は住む場所や仕事のこと、当時住んでいたマンションの売却や引っ越しの手配など、急ピッチで準備をしていきました。

 

そして、ずっとずっと欲しかった3人目の子どもも授かりました☆

(中国では一人っ子政策がまだあったので、中国籍で3人は絶対に無理だった)

 

約1年半の準備期間を経ていざ日本へ。

 

移住場所に選んだのは長崎県の五島市。

 

元夫は最初「宮古島へ行きたい」と言ったんです。

 

テレビを見て島暮らしや豊かな自然にあこがれがあったようで。

 

しかし、宮古島の移住制度の充実度や、両親がいる長崎からの距離を考えると宮古島はあまりにも不便すぎる。

 

ということで「五島はどう?」って私が提案したんですよね。

 

最終的に五島で暮らすことになり、いざ日本へ戻ってきたはいいが・・・元夫は日本語がまったく使い物にならなかったんです。

 

仕事の合間に一生懸命勉強はしてました。

 

でも生活できるレベルではなく、最初の1年は五島を離れて一人都会の語学学校へ通うことになったんです。

 

その間、私は乳飲み子を抱えてワンオペ育児をしながら、引っ越しの片づけをし、在宅ワークもやりつつ、ハローワークへ行って仕事探しを始めました。

 

子ども3人で末っ子はまだ生後5か月、シングルマザー状態で頼れる両親や親せきも近くにはいない。

 

となると、なかなかフルタイム正社員の仕事って見つからない、というか面接までこぎつけられないんですね・・・

 

現実を知ることになりました。

プロフィール

中村聖子

ど田舎で3人育児中のアラフォーシングルマザーです。

子育てや家事に追われながらも、アドセンス外注化などで収入を得て、ネットだけで生き延びてます。

詳しいプロフィールはこちら

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